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放射線の食品照射から被曝を顧みる ③放射線への感受性 [被曝管理]

朝鮮戦争休戦後、米軍はアイゼンハーワー大統領による "Atom for Peace" の政策のもと、1953 年から照射食品の開発研究を開始。陸軍は、照射食品・兵糧が(1) 缶詰よりも優れた味と風味をもつこと、(2) 保存や輸送などの費用の削減につながること、(3) 冷凍設備なしで冷蔵設備もその必要性を低減する事を目標に掲げています。具体的には、朝鮮半島の前線にいる兵士に牛ステーキを補給する、ステーキ肉を冷凍設備なしで少ない冷蔵設備で安い経費で前線にとどける。この目標の(3)と(2)は殺菌・滅菌の効果と強く関連します。放射線照射を、殺菌・滅菌に利用する際に、照射線量と効果の関係や照射殺菌食品の微生物学的な安全性を確保する研究が行われました。
  放射線により、微生物を殺滅させ得ることは、レントゲンがX線を発見した1895年直後から知られていました。1921年には、食肉中に潜む寄生虫を殺滅するためにエックス線を使う特許がとられています。当時は、放射線源や発生装置が高価でした。非実用的なアイデアと見られていました。核兵器開発によって放射線源となるコバルト-60やセシウム-137などの放射性同位元素が容易に入手出来たり、高出力電子加速器など発生装置が安価になりました。
 「核の平和利用」政策には、核兵器開発・生産が一段落ついて、それに携わっていた産業の不況救済という側面があります。食品照射はそれに合致した市場開発・創出でもあります。また、この頃から水爆実験が大気圏内で盛んに行われました。放射能が大量に大気中に漂い降下しました。その悪いイメージを覆う”イチジクの葉”でもあります。

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その線量と殺菌効果を、菌数が10分の一になる値D値でまとめたのが下の表です。半数致死線量(60日以内に50%死亡)はヒトでは4Gy(グレイ)、ラットは8Gy位ですから、単細胞の細菌たちはキロ(千)Gy単位です。

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参照・・http://foodirra.jaea.go.jp/dbdocs/002041000001.html

照射食品のボツリヌス菌 

 表を見ると、猛烈な毒素を算出するボツリヌス菌(Cl.botulinum)が照射に強い放射線感受性が低いことが判ります。ボツリヌス菌はどこの土壌中にもいる嫌気性の菌です。酸素がない缶詰、ビン詰などの状態で繁殖する菌なのです。欧米では古くから「腸詰め中毒」として恐れられています。死亡率は約 20% と言われてます。
 このボツリヌス菌を完全に殺す滅菌するなら50KGyの照射になります。滅菌にはD値の12倍量で4.0×12で48Gyです。この線量を照射すると、肉など食品の脂肪分やタンパク質が分解し、照射臭またはケモノ臭とも呼ばれる食欲を減退させる臭いが猛烈に発生します。
 「照射臭が発生しやすいのは牛乳と卵であり、室温下での照射では1kGyでも明確に認められる。牛肉、豚肉、鶏肉、ソーセージ、生鮮魚介類などでは室温・空気共存下で2~3kGy照射すると照射臭が認められはじめ、5kGy以上で明確に認められる。一方、真空包装や抗酸化剤共存下など酸素の少ない条件下で照射すると照射臭の発生は抑制され、5kGyでも照射臭はほとんど感知できない。」http://www.rada.or.jp/database/home4/normal/ht-docs/member/synopsis/020230.html

食中毒菌の指標には、サルモネラ菌(S.typhimurium)が使われています。滅菌にはD値の12倍量ですから0.7×12で8.4Gyの線量を照射すれば滅菌できます。10KGy程度の照射で食中毒菌の大部分を殺菌・滅菌できます。放射線パステリゼーション、電磁的パステリゼーションelectric pasteurization ということもあります。
参照・・照射食品の微生物学
http://foodirra.jaea.go.jp/dbdocs/001005000006.html

10KGy程度の照射を室温・空気共存下で行えば、脂質やタンパク質の放射線分解により発生する揮発性物質による照射臭で食べられない。それで真空包装など酸素の少ない条件にして照射する。ほとんどすべての照射食品は不浸透性の容器または包装剤に封じ込まれているので、包装ごと丸のままで照射できます。そのように照射すると、ボツリヌス菌は10分の一以下に減りますが、全滅はしません。そして酸素の少ないボツリヌス菌が活動する、毒素を産出できる状態です。米国原子力委員会AECなどが、実験研究しています。

照射食品は10℃ 前後の家庭用冷蔵庫で保存すると、ボツリヌス中毒の危険がある
そうした研究を踏まえ、IAEAは「他の殺菌手段例えば、加熱殺菌、置換ガス充填包装などと比べて、照射はボツリヌス菌の潜在的な危険性を増大する可能性がある。ボツリヌス E 型菌の危険を避けるための GMP (Good Manufacturing Practice) にしたがって加工したとしてもこの危険を避けることができないだろう。」
「照射後製品は必ず 3℃ 以下で無くてはならない。ボツリヌス菌が原料に存在すると、照射後も生残する可能性がある。照射した魚やエビを 3℃ 以上にするとボツリヌス菌の増殖と毒素の産生を招く可能性があるだろう。特に高線量照射したり、酸素不透過性の材料で包装した場合、このような 3℃ 以上での保存で菌の増殖と毒素産生の可能性が高くなる。」と勧告しています。

WHO も照射魚介類を保存するときは常時 3℃ 以下で行うように改めて勧告しています。つまり、流通の過程は簡素化されません。1998 年ころの EUの各業界調査では、漁業業者は現在の技術で十分に安全は確保されており、費用をかけて照射しても保存条件が従来と同じだから、消費者は新鮮な製品を求めているから放射線照射殺菌技術は要らない。
参照・・http://hatakenotayori.blog.so-net.ne.jp/2014-06-04

牛レバーは、病原性大腸菌中毒を契機に照射殺菌を厚労省が検討しています。大腸菌(E.coil)のD値は0.2kGyですから、滅菌目的なら2.5kGy程度の照射量が予想されます。異臭発生や味覚低下を招く可能性が高いです。それを避けるため脱酸素状態で照射すると、ボツリヌス中毒の危険性がある。

牛肉、豚肉、鶏肉、ソーセージ、生鮮魚介類の殺菌以外は使い物になるか?

 「多くの生鮮野菜は0.15kGy以下の発芽防止を目的とした照射処理では効果があるが、0.2~0.5kGyの殺虫を目的とした処理では褐変化したり腐敗しやすくなるものがある。
 生鮮果実も0.5kGy前後の殺虫を目的とした処理では品質が変化しないが、1kGy以上の殺菌を目的とした処理では品質低下をもたらすものがある。
 穀類も殺虫処理を目的とした放射線処理では有効であるが殺菌処理では粘度低下などの品質低下をもたらすものが多い。」
参照・・食品の照射効果と衛生化
http://foodirra.jaea.go.jp/dbdocs/006001003061.html

50年前に英国の委員会が「当調査会はどの有益な食品材料についても、放射線照射を利用することによって利益を見出すことができなかった。多くの研究によって考え出された放射線照射の利用は、産業的には魅力がない。」と結論しています。


この殺菌作用は、放射線(高エネルギーのγ線、β線)による水分解で生成する活性酸素や放射線それ自体によd60b0b53-s.jpgるDNA損傷によると考えられました。「標的はDNAである。普通の起きるのはDNAの塩基損傷と一本鎖切断であるが、この場合は健全な-本を元に修復することは可能であろう。しかし二本鎖が同時に切断された場合は一般的に修復困難で、どんな生物でも一発で死んでしまうように思える。生物間で塩基配列などに多少差違はあっても塩基の構造は変わらず放射線化学的には同一線量では同一損傷ということになり、損傷数は生物間であまり差が無く抵抗性には大差は無いものと考えられていました。
 その後我々は色々な食品の放射線殺菌の実験をして、各種微生物の殺菌効果を調べている中に、酸素や水など環境条件とは別に、菌によって感受性が違うことが分かりましたが、桁違いというものは見られませんでした。(並木満夫)」参照・・http://www.agr.nagoya-u.ac.jp/~food/Dr.Namiki%20Review.pdf

DNA含量と放射線感受性(抵抗性) 

生鮮野菜や果実での照射を見ると、植物である野菜果実と昆虫や菌ではずいぶん影響の出方が違います。この違いは「一般に生物の放射線に対する抵抗性は遺伝子を構成するDNA含量に逆比例しており、細胞当りのDNA含量が少ないほど放射線抵抗性が高くなる傾向がある。DNA含量は、細菌類の場合を1とすると、ウイルスで0.01~0.1、カビや酵母菌で10、虫で20、哺乳動物で1,000、植物で5,000~50,000となる。」日本原子力文化振興財団 http://foodirra.jaea.go.jp/dbdocs/004045002009.html

急性致死(半数致死線量)の線量を調べると下の図のようになっていました。図はATOMICAの図にDNA量を加筆しました。「ヒトより放射線感受性が高い生物は見いだされていない」そうです。

02b.jpg
http://www.rist.or.jp/atomica/data/pict/06/06030505/02.gif

図を見ると、細菌の10%、1%のDNA量のウイルスの致死線量は細菌とほぼ同じ。哺乳類の5倍から50倍の植物が哺乳類より抵抗性が強い。植物などには、3倍体4倍体といってDNAのセット、ゲノムを多組持っているのがいます。哺乳類は2組で2倍体ですが、多く持っているがいます。それで細胞当りではなくゲノムあたりのDNA量を調べてみました。

 DNAl1_5_1-faq.gif

それでは、植物やイモリ、サンショウウオといった両生類の方が哺乳類より大きい。日本原子力文化振興財団の「一般に生物の放射線に対する抵抗性は遺伝子を構成するDNA含量に逆比例」説が真なら、放射線への抵抗性は植物やイモリは哺乳類より低いはずです。しかし急性致死線量(半数致死線量)は大きい。「DNA含量に逆比例」は成り立っていない。
 細菌は、細胞内に遺伝子・染色体・DNAを収納する核をもたない原核生物です。植物や哺乳類は核を持つ真核生物です。しかし、真核生物の細胞、真核細胞のDNAが全て核にはない。細胞内のエネルギー産出を担うミトコンドリアなどの細胞内器官・オルガネラは独自のDNA・遺伝子を保持している。それらオルガネラは、細胞内共生する原核生物の子孫だということが定説です。

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  オルガネラのミトコンドリアの機能不全は、様々な病状を引き起こします。ミトコンドリア病とよばれ研究が進んでいます。それによれば、ミトコンドリアのDNAは原核生物の様式の環状で、活性酸素による損傷を受けやすい。活性酸素は放射線の間接作用でも生じます。それによる損傷を核内のDNAよりも一桁から二桁くらい高く受けやすい。そして損傷すれば、ミトコンドリア病のような症状をもたらすでしょう。こうした細胞内の仕組みは、生物の放射線に対する抵抗性に関与しているでしょう。それは抵抗性や放射線被曝影響を考える際に考慮しなくて良いのでしょうか? 

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 DNA以外の細胞を構成する物質も、放射線によって損傷します。例えば蛋白質、アミノ基が最も感受性が高く、特にSH基を持つ蛋白質は一般に感受性が高いと言われています。細胞膜やミトコンドリアな細胞内器官をつくる膜も放射線の影響を顕著に受けることが知られています。これらは、細胞内に同じ分子が複数存在する場合が多いので、少しくらい壊れても影響は少ないとみられました。DNA・遺伝子は細胞中に1コピーしかないから、損傷の影響が大きい。DNAの「二本鎖が同時に切断された場合は一般的に修復困難で、どんな生物でも一発で死んでしまうように思える。」それで、DNAの損傷に関心が集中しました。

ka4fig1.jpg DNAの塩基の構造は、生物で共通。放射線化学的には同一線量では単位DNA量当りの損傷数は生物間であまり差が無い。DNA量があまり差がない生物間では放射線への抵抗性には大差は無いものと考えら、食品照射での殺菌効果では「菌によって感受性が違うことが分かりましたが、桁違いというものは見られませんでした。」それが日本原子力文化振興財団の「一般に生物の放射線に対する抵抗性は遺伝子を構成するDNA含量に逆比例」=「一般に生物の放射線に対する感受性は遺伝子を構成するDNA含量に比例」説を導きます。

 ところが、この「生物の放射線感受性はDNA含量に比例的」説は、二つの事実でひっくり返ります。DNA量、ゲノム当りのDNA量が多数調べられるようになりました。ゲノム当りの量は、大きく4グループ分けできますが、そのDNA含量の相対比と放射線感受性の相対比は全く関連がない。

放射線抵抗性細菌

01.gif もう一つは、普通の自然環境下にも広く分布している放射線抵抗性細菌です。1956年にアメリカで完全殺菌線量を照射した牛肉の缶詰の中で、なお生存している菌が発見されました。のちに、ディノコッカス・ラディオデュランス「放射線に耐える奇妙な果実」と命名されています。この菌は5kGy、大腸菌の殺菌線量の約100倍、ヒトの半数致死線量の1000倍の線量被曝でも100%生きている超抵抗性菌です。15kGyでも約37%は生き残る。デイノコッカスに属し種名がついている菌は2002年現在で全部で7種ありますが、牧場の草むらとか地球環境のあらゆる場所にいます。
 発見から約半世紀たちゲノムもわかっていますが、放射線耐性の分子メカニズムは良く解っていません。今のところ判明しているのは、DNA損傷を防いでいるわけではなく、DNAの2本鎖切断を含む全ての損傷を効率的かつ正確に修復できる能力を持っているのです。放射線化学的には同一線量では単位DNA量当りの損傷数は他の生物間であまり差が無いが、壊れた端から直しているので影響は出ない。遺伝子・ゲノムの解析では、遺伝子数は約3000個、そのうち52%は機能未知。48%の機能既知の遺伝子には、他の生物、ヒトや大腸菌にある既知のDNA修復の遺伝子、酵素タンパク質をすべて持っていました。そしてラディオデュランスの酵素タンパク質は、特に修復性能が高い高機能性のものは、今の所見つかっていません。また52%の機能未知の遺伝子には、全く独自の修復機構に係わる遺伝子がある、タンパク質があることが判ってきました。

 放射線や化学物資などでDNAが損傷すると、修復機構に関与している遺伝子は発現が誘導されてきます。放射線に暴露したというシグナルを何処かで受けとって、蛋白質を大量に誘導してDNAの修復にかかるわけです。大腸菌では誘導性DNA修復のメカニズムは、SOS応答といわれています。それではLexAタンパク質が普段はDNA修復に関係する遺伝子の発現を抑えていて、DNA修復が必要なときにRecAタンパク質が産出され、RecAタンパク質がその抑制を解除することによっていろんな遺伝子が発現します。そのRecAタンパク質産出の引き金を引く、トリガーに膜蛋白質のPprI蛋白質があることが判ってきました。これまで細胞内に同じ分子が複数存在するから少しくらい壊れても影響は少ないとみられて、研究も少ない膜やタンパク質が重要な役割を果たしている。

誘導性DNA修復の能力高低
放射線化学的には同一線量では単位DNA量当りの損傷数は生物間であまり差が無い。しかし、誘導性DNA修復のメカニズムの能力には大きな差があり、放射線への抵抗性・感受性を左右している。

 そのメカニズムの違いは①その種独自の修復のメカニズムのトリガーの有無、種独自の修復機構の有無という種での違いと②種の個体間の違いがある。
 ディノコッカス・ラディオデュランスは、100%5kGyの放射線量に抵抗性を持つ(感受性ゼロ)が、15kGyでは約63%は死に約37%が生き残る個体差があります。それは修復のトリガーや修復酵素になっているタンパク質や脂質の性能・機能性の高低が関与している。妊娠中の喫煙・ニコチンの影響は、それに関与する遺伝子の多型(個人差)で分けられるサブグループで大きく違います。修復に係る遺伝子の多型も遺伝的な放射線被曝への抵抗性(感受性)の個体差(個人差)を生んでいる。
 参照 臨床環境21:46~56,2012
 http://www.asahikawa-med.ac.jp/dept/mc/healthy/jsce/jjce21_1_46.pdf
北海道スタディ
http://www.cehs.hokudai.ac.jp/wp-content/uploads/cehs/4-1%EF%BC%9A%E9%81%BA%E4%BC%9D%E5%AD%90-%E9%81%BA%E4%BC%9D%E5%AD%90%E5%A4%9A%E5%9E%8BJ.pdf

修復能力が極めて弱い最弱者グループ
 放射線影響は、細胞分裂期が盛んな生育期には感受性が高い(抵抗性が低い)と年齢差は問題にされてきました。それだけでなく、DNA損傷の修復に係る遺伝的能力の高低も考慮すべきです。DNA損傷の修復能力が、他の生物的能力と同様に正規分布的な違い分布をしているのなら人口の約2.5%の人数の極めて修復能力が弱いサブグループが存在します。この最弱者グループを考慮すべきです。
 このグループで、鼻血といった非特異的で軽微な被曝影響が約半数に出たとします。母集団で見れば1000人中10~15人ですから、被曝影響と検出できないでしょう。最弱者グループの25人でみれば、明白な異常と検出できます。
 また、DNA損傷の修復に係る遺伝的能力の高低は致死といった急性の障害だけではなく、晩発性の障害にも影響することは明白です。慢性的に被曝する状況では、能力の高い形質の人はDNAが壊れたら直しているので影響は少なかったり、出ないでしょう。低い方は損傷が治しきれずにDNAの損傷が蓄積します。早く影響が顕在化するのではないでしょうか。
 このDNA損傷の修復能力が極めて低い、放射線被曝の最弱者グループを様々な面で考慮すべきです。


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