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二種の「既往最大」・・大飯原発運転差止判決を読んで [核のガバナンス・裁判]

既往最大

2014年5月21日の大飯原発運転差止請求事件判決の判決要旨では、1260ガルを超える地震についての項で2回出てくる。判決原本文では、住民原告らの主張として19頁に『「既往最大」、すなわち、人類が認識できる過去において生じた最大の地震、最大の津波』とある。被告の関西電力は「既往最大の主張は、かかる地域性の違いを無視し、立地地点に応じた地震・津波対策の考え方を否定して、他の場所における過去に生じた最大の地震、津波の記録を前提とすべきというものであって、科学的合理性を欠き、妥当ではない」26頁と主張している。そして、700ガルが地震学の理論上導かれるガル数の最大であり、700ガルを超える地震が到来することはまず考えられないとしました。

 判決謄本は原子力資料情報室のここから ダウンロード
http://www.cnic.jp/5851

裁判所は「我が国の地震学会においてこのような規模の地震の発生を一度も予知できていないことは公知の事実である。」44頁。「全国で20箇所にも満たない原発のうち4つの原発に5回にわたり(地震学の理論上導かれる)想定した地震動を超える地震が平成17年以後10年足らずの問に到来しているという事実を重視すべきは当然である。」「地震の想定に関しこのような誤りが重ねられてしまった理由については、そもそも(1)で摘示した地震学の限界に照らすと仮説であるアスペリティの存在を前提としてその大きさと存在位置を想定するなどして地震動を推定すること自体に無理があるのではないか、あるいはアスペリティの存在を前提とすること自体は問題が無い者の、地震動の推定する複数の方式について原告らが主張するように選択の誤りがあったのではないか等の種々の論議がありえようが、これらの問題については今後学術的に解決すべきものであって、当裁判所が立ち入って判断する必要のない事柄である。」51頁
「これらの事例はいずれも地震という自然の前における人間の能力の限界を示すものというしかない。」52頁

既往最大の地震が示す地震学の学術的限界 
つまり、地震学が立脚する事実から現在の地震学の学術的限界を明示しています。そして「被告(関西電力)の本件原発の地震想定(700ガル)だけが信頼に値するという根拠は見い出せない。」とします。日本での既往最大「岩手宮城内陸地震における4022ガル」であるが、「既往最大という概念自体が、有史以来世界最大というものではなく近時の我が国において最大というものにすぎない」起きた場合には打つべき有効な手段がほとんどないと被告・関西電力が自認している1260ガルを超える規模の地震は「大飯原発に到来する危険がある。」45頁とした。

抽象的哲学的に言えば「無知の知」(無知であるということを知っている)を判断の根底においている。しかし裁判所は「新しい技術が潜在的に有する危険性を許さないとすれば社会の発展はなくなるから、新しい技術の有する危険性の性質やもたらす被害の大きさが明確でない場合には、その技術の実施の差止めの可否を裁判所において判断することは困難を極める。」40頁と無知の知だけでは差止めは判断できないとしています。

被害の大きさが判明している場合の判断の枠組み 
しかし、「原子力発電技術の危険性の本質及びそのもたらす被害の大きさは、福島原発事故を通じて十分に明らかになった」このように「技術の危険性の性質やそのもたらす被害の大きさが判明している場合には、技術の実施に当たっては危険の性質と被害の大きさに応じた安全性が求められることになるから、この安全性が保持されているかの判断をすればよいだけであり、危険性を一定程度容認しないと社会の発展が妨げられるのではないかといった葛藤が生じることはない。」40頁。つまり、危険性や被害の大きさが既知であれば、学術的問題に立ち入り判断する必要は無く、その「既往最大の危険性、被害」に見合った安全性が保持されているかを見ればよいという判断の枠組みを示しています。

伊方原発訴訟の最高裁判決との関連性
 最高裁の研究会の資料を見ると、最高裁は伊方原発訴訟の最高裁判決「伊方原発最判」をお手本にせよと説いています。それは「安全性審査が、将来予測事項を含む多方面の科学的、専門技術的知見を結集した総合判断であること等を考慮して、裁量統制型の司法審査の枠組みを採るというもの」H23年資料、「東日本大震災と福島第一原発事故の発生により得られた様々な教訓や知見の中には、伊方原発最判がいうところの『現在の科学技術水準』の一部を形成するものがあるということである。そこで、今後は、それらを含む現在の科学的水準に照らして、基本設計の安全性について、審査に用いられた具体的審査基準に不合理な点がないか、あるいは、具体的審査基準適合性の判断過程に著しい過誤欠落があったかどうかが判断されることになる。」H24年資料

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 福井地裁の差止判決で裁判所は、「規制基準への適合性の判断を厳密に行うためには高度の専門技術的な知識、知見を要することから、司法判断が規制基準への適合性の有無それ自体を対象とするのではなく、適合していると判断することに相当の根拠、資料があるか否かという判断にとどまることが多かったのには相応の理由がある」42頁

 技術の危険性の性質やそのもたらす被害の大きさが判明している場合には、伊方原発最判のいう具体的審査基準や判断過程を現在の科学的水準に照らして検討するよりも、その判明している危険性、被害に見合った安全性が保持されているかを検討判断するという判断の枠組みを示しています。
 この判決を「ゼロリスクを求める考え方」(日本原子力学会、2014年5月27日付プレスリリース)と解する方々がいますが、裁判所は「新しい技術が潜在的に有する危険性を許さないとすれば社会の発展はなくなる」「危険性を一定程度容認しないと社会の発展が妨げられるのではないかといった葛藤が生じる」とも摘示しています。そして、技術の危険性の本質及びそのもたらす被害の大きさが判明した場合に、それに応じた安全性を求めています。最初からゼロリスクは求めていません。日本原子力学会は、言い掛かりを付けている様にみえます。

TMI事故、チェルノブイリ事故という既往最大 
 
世界的には「原子力発電技術の危険性の本質及びそのもたらす被害の大きさ」は1979年のTMI事故、1986年のチェルノブイリ事故で既知です。米国や欧州の規制、安全性保持の対策はそれで方向転換しています。この「既往最大」を想定し、対策の有効性に「残余のリスク」と名付けた危険性が常在していることを前提とした安全規制体系に転換しています。これまで知られていない想像、想定もしていない事故の発生経路があるという「無知の知」を根底に置いた規制体系に方向転換しています。
 
 この「無知の知」を根底に置く姿勢に比べ、東電の福島原発事故の「直接原因のみならず、根本原因まで明らか」(日本原子力学会)は、学術的には苦笑せざるを得ない幼稚な態度に見えます。裁判所は「一般的には事故が起きれば事故原因の解明、確定を行いその結果を踏まえて技術の安全性を高めていくという側面があるが、原子力発電技術においてはいったん大事故が起これば、その事故現場に立ち入ることができないため事故原因を確定できないままになってしまう可能性が極めて高く、福島原発事故においてもその原因を将来確定できるという保証はない。」48頁
TMI事故のように事故炉を詳細に直接に観察もできていないのに「直接原因のみならず、根本原因まで明らか」にできる日本原子力学会は、実証的な科学ではなく、コンピューターシュミュレーションなど仮想的、空想的科学に基礎を置くのでしょうか。

1979年のTMI事故は、確率論的リスク解析法・PRAを用いたWASH-1400・ラスムッセン報告が1975年に予想したように多重故障で発生しました。TMI事故前後から各国は確率論的リスク解析法・PRAによる確率論的安全評価・PSAを活用して、新たな規制体系を構築しています。確率論的安全評価は、その評価結果の事故リスク値は絶対値としては不確定要素が多く信頼性が低いが、相対値としては有用として採用する対策の評価などに活用しています。絶対値としては、信頼性が低いのですから、幾ら小さな値、極小のリスク値、事故確率値でも、それ「前段否定」し、発生確率を1とおいて次段の対策を建てるようにしました。それは国際的にはIAEAの5層の深層防護という枠組みに定式化されています。

 
1979年のTMI事故は、確率論的リスク解析法・PRAを用いたWASH-1400・ラスムッセン報告が1975年に予想したように多重故障で発生しました。TMI事故前後から各国は確率論的リスク解析法・PRAによる確率論的安全評価・PSAを活用して、新たな規制体系を構築しています。確率論的安全評価は、その評価結果の事故リスク値は絶対値としては不確定要素が多く信頼性が低いが、相対値としては有用として採用する対策の評価などに活用しています。絶対値としては、信頼性が低いのですから、幾ら小さな値、極小のリスク値、事故確率値でも、それ「前段否定」し、発生確率を1とおいて次段の対策を建てるようにしました。それは国際的にはIAEAの5層の深層防護という枠組みに定式化されています。
 
前段否定・・無知の知 
 この確率論的リスク解析の主柱はイベントツリーによる事故経路の解析と明示です。イベントツリーに関して裁判所は「イベントツリー記載の対策が真に有効な対策であるためには、第1に地震や津波のもたらす事故原因につながる事象を余すことなくとりあげること、第2にこれらの事象に対して技術的に有効な対策を講じること、第3にこれらの技術的に有効な対策を地震や津波の際に実施できるという3つがそろわなければならない。」46頁としています。
参照・・確率論的手法による安全評価 メモ

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米国や欧州の規制にある「前段否定」は、こうしたことから事故が起きることを予め想定しておくとです。確率論的安全評価・PSAを活用して事前に安全対策を講じておく。炉心・核燃料損傷を防止するように安全対策を、設備を講じて置く。それでも「無知の知」、第1、第2、第3の点でこれまで知られていない想像、想定もしていない事故の発生経路があるから、それによるメルトダウン事故発生は想定する。「前段否定」をおこなう。メルトダウン、メルトスルーまでに至らない防護策、フェーズ1のシビアアクシデントマ・ネジメントAMを建てて置く。それも「前段否定」して、メルトダウンしたら原子炉建屋からの放射能放出を抑制するフェーズ2のシビアアクシデントマ・ネジメントAMを用意しておく。それも「前段否定」で、放射能が発電所敷地外に大量に漏れだす事態を想定し、公衆の被爆量を規制値(多くの国で1mSv/年)以下に抑える防災・避難計画を建ててとく。AMをまとめて第4層の防護、公衆の被爆低減策を第5層の防護と言います。 
 
3層までの防護策、第4層の防護策では、様々な工学的安全策がとられます。欧米ではその有効性を確率論的安全評価PASで確認しながら採用されます。そのPSAでは原因につながる事象のすべてを取り上げることは極めて困難ですから、これまで知られていない想像、想定もしていない事故の発生原因、経路あり「残余のリスク」がある。その「無知の知」は、工学的安全策は想定した条件では有効性を確認できるますし、確認してますが、想定していない条件下では有効性は不確実であるという認識も含みます。
 
セイフティ21計画の失敗 
 このように、前段否定で多段に防護措置を構築し、公衆の被曝量や放射能汚染による財産や地域の喪失を抑制しようとしています。米国では第5層の防災・避難計画は電力会社と州など地元自治体が共同で作成し、フィーマFEMA連邦緊急事態管理庁がチェックします。その防災計画がないと、原発は建設・運転許可が出ません。TMI事故の翌年1980年に法をそのように改定しています。それで社会的受忍を取り付ける仕組みにしています。州など地元自治体・社会は、原発が受忍できないのなら、防災計画を拒否すればよいのです。実際、それで運転しないまま廃炉になったニューヨーク州ショーラム原発があります。
参照・・原子力防災からの変革
 
 自動車は事故がありますが、そのリスクを受忍して使っています。日本原子力学会に「恩恵とのバランスで社会はそのリスクを受容」するよう教示されなくとも既に日本社会はそうなっています。この判決もそうです。日本原子力学会は、そのような社会的には空疎な文言を弄せずに、「原子力の広範囲にわたる学術・技術専門家集団」として、特に遅れている第5層の防護対策に取り組んで、原発のリスクは恩恵とバランスがとれることを具体的に社会に示されては如何でしょうか。
 
 欧米やIAEAの5層の深層防護の枠組みを、日本もチェルノブイリ事故の後に取り入れようとして、「セイフティ21計画」を立案実行に移しています。 参照・・チェルノブイリ事故とセイフティ21計画
 
しかし失敗しています。
参照・・深層防護で寝た子を起こすな
  SBO対策にみる確率論的安全評価の使われ方

その失敗の結果なのか原因なのかは判りませんが、「原子力の広範囲にわたる学術・技術専門家集団」の日本原子力学会には「無知の知」が欠けています。無知の無知です。

 新規制基準の実効性

 それでは、東電の福島原発事故で2011年、平成23年以降の規制行政では、実効的になったでしょうか。裁判所は「5 冷却機能の維持について」、「6 閉じ込めるという構造について(使用済み核燃料の危険性)」と論じた後に「7 本件原発の現在の安全性と差止めの必要性について」で次のように摘示しています。
「現在、新規制基準が策定され各地の原発で様々な施策が採られようとしているが、新規制基準には外部電源と主給水の双方について基準地震動に耐えらるまで強度を上げる、基準地震動を大幅に引き上げこれに合わせて設備の強度を高める工事を施工する、使用済み核燃料を堅固な施設で囲い込むなどの措置は盛り込まれていない。(別紙4参照)従って、被告の再稼働申請に基づき、5、6に摘示した問題点が解消されることがないまま新規制基準の審査を通過し本件原発が稼働に至る可能性がある。こうした場合、本件原発の安全技術及び設備の脆弱性は継続することとなる。」 65頁。別紙4は、平成25年6月19日付の原子力規制委員会の「実用発電用原子炉及びその付属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則の解釈」です。
 新規制基準で原子力規制委員会の審査を合格しても、問題点が解消しない可能性を裁判所は指摘しています。設備の強度を高める工事など工学的安全対策が実施されない可能性を指摘して、脆弱性が継続する可能性を指摘しています。つまり、東電の福島原発事故以降でも規制行政は、国際水準、5層の深層防護に質的に実効性をもって追いついていない。
 日本原子力学会は判決には「原子力発電所のみ、工学的安全対策を認めないと言う考え方」があると批判していますが、このように全く的外れです。引用した部分は、判決要旨にはありません。判決の原本文にあります。おそらく、「原子力の広範囲にわたる学術・
技術専門家集団」の方々は原本を読んでいないのです。

最高裁が裁判官にお手本にせよと説いている伊方原発訴訟の最高裁判決「伊方原発最判」では、「安全性審査が、将来予測事項を含む多方面の科学的、専門技術的知見を結集した総合判断であること等を考慮して、裁量統制型の司法審査の枠組み」を採り、「現在の科学的水準に照らして、基本設計の安全性について、審査に用いられた具体的審査基準に不合理な点がないか、あるいは、具体的審査基準適合性の判断過程に著しい過誤欠落があったかどうか」を審理する。

 その現在の科学的水準を証言するお歴々の代表格は、日本原子力学会の会員。その学術の水準は、東電福島第一原発の事故炉を詳細に直接観察もしていないのに自信をもって「直接原因のみならず、根本原因まで明らかにしています。」というレベルです。世界では通用しない空想的科学です。また他者の主張や考えは、裁判批判でわかるように、読みもせずに、批判する。全く信用がならない。こういう方々が、最高裁推奨の伊方原発最判の枠組みでは、重要な役割を果たします。この科学的水準に照らして、不合理な点や著しい過誤欠落を見つけるのです。見るかるでしょうか?

 原子力規制委員会と規制庁の狭義の原発規制は、世界に比べ40年は遅れている。それを正す司法も含めた広義の原発規制は、「伊方原発最判」の判断の枠組みにとどまる限り無力です。


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